古寺巡礼 (岩波文庫)



古寺巡礼 (岩波文庫)
古寺巡礼 (岩波文庫)

商品カテゴリ:アート,建築,デザイン
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若き日の和辻の感性

該博な知識に圧倒されてつい忘れてしまいがちになるが、これは和辻の20代の終わりに書き留められた印象記である。それを踏まえつつ読み進めていくと、確かにその筆の運びは若い。

それが、著者自身が「改版序」において自覚的に書いているような「情熱」であったり、「自由な想像力の飛翔」であったりすることは間違いない。しかし、それだけではない。

これだけ仏教美術に触れ、繊細な直感を自在に羽ばたかせながら、和辻がここでスルーしているもの。それは「死」である。

古都古寺を巡り、その成立の源にまで遡りながら、この本には死の影が極めて希薄である。その意味で、これは美術史・文化史の書でありつつも宗教の書とは為り得ていない。

だが、こうして奈良の地を巡ることができるほどには健康であったと思しき若き日の和辻であれば、それは当然の成り行きであったのかも知れぬ。ここで既に見ることのできる鋭い直感や自由な想像力をもって、和辻の生涯の思索はどこへ向かっていったのか。二体の観音像についての印象をもって閉じられる記述を読みつつ、評者はそのような方向への関心を抱くに至った。
幅広い知識、若々しい感性

岩波文庫の『古寺巡礼』をはじめて手に取ったのはずいぶんと前になるけれど、その後なんどかこの本を読み返して、類書がいくつも出ていて、亀井勝一郎、町田甲一、竹山道雄、その他にもあったと思うけれど、和辻の本を超えたものはないように思う。

土門拳の『古寺巡礼』は写真集だから和辻の類書と思っていないし、土門の本から和辻のものを連想したりはしない。
小学館文庫版の土門の写真集を見ていたら、エッセイに子供の頃は横浜に住んでいたことが書いてあって、自宅近くの小学校に通っていたことが分かり驚いた。無骨そうな土門と、スマートな浜っ子の間につながりを見出すことができない。

和辻の本に話を戻せば、改版序には若い頃の旅行日記と断りがあり、確かにみずみずしい筆致で大学院生くらいの頃に書かれたものとずっと思いこんでいたけれど、年譜で確かめてみるともうすぐ30歳になろうとするときに書かれたものだった。その年までぶらぶらしていられたことに軽い嫉妬を感じるし、それゆえ広い知識を持ちつつも若々しい感性で書くことができたのだなと思う。
名著、名文、名建築…

世に名著といわれるものは数々あれど、間違いなく名著といっていい本だろう。これを紐解く度に、名著とは名文ゆえではないかとの思いを強くする。仏像、建築、回廊を著者とともに巡り歩き、イメージゆたかに流れる文章が心に染み入ってくる心地よさ…。これぞ読書の醍醐味といえよう。
こんな名文が若干29歳の青年によって書かれたというのだから、本当に舌を巻く。和辻哲郎は仏像と建築をこよなく愛する“眼の人”だったが、美的印象を文章化する才能には脱帽するしかない。この点、ゲーテ以上といって過言ではないだろう。この本自体が世界に誇るべき文化遺産だといっていいのではないか。
しかし時を経た今、止むを得ないことと思われるが、内容的には疑問な点が多々出てきている。特に法隆寺に関してはそのまま事実として受け入れるには問題がある。この点を補う良書として、87年の時を経て今年出版された『法隆寺の謎を解く』(武澤秀一著、ちくま新書)をお薦めしたい。著者は建築家で、『古寺巡礼』を引用しながら、最新の知見を踏まえ分かりやすく書いている。
中宮寺観音の横顔

「あの肌の黒いつやは実に不思議である。」で始まる中宮寺観音像の描写。この著作に関しては、美学的哲学的にいろいろと難しい事はあるのでしょうが、私には個人的に忘れられない、これ以上ない最上の日本語の愛の表現が印象的です。「・・あのうっとりと閉じた眼に、しみじみと優しい愛の涙が、実際に光っているように見え、あのかすかに微笑んだ唇のあたりに、この瞬間にひらめいて出た愛の表情が実際に動いて感ぜられるのは・・あの頬の優しい美しさの、その頬に指先をつけた手のふるいつきたいような・・」と讃えられるひとつの仏像。

こんな風に青年は熱く黒い木で出来た仏像を崇拝するものなのでしょうか?このくだりを読んだ時、恋する若者の震える心、震える唇、震える指先を感じさせる名文と思いました。
奈良と共にある日々

 中学の頃に本書を読んで以来 奈良が好きになった。

 和辻哲郎は哲学者であるわけだが 当時はそんなことも知らず 若き和辻の情熱のほとばしる本書を通じて ただ奈良に魅せられたということだと思う。30年以上たった今振り返って見ると 奈良の寺や仏像に惹かれる中学生というのも なんだか気色悪いような気もするが ここ30年間に 変わらず 奈良を愛する気持ちは変わらない。以来、亀井勝一郎、堀辰雄、志賀直哉、入江泰吉の書物を 身の回りにおいて 折に触れて 奈良を想う。時折は 本書を携えて 奈良を訪問する。和辻がその眼で眺めた 風物、寺、仏像を巡る。
 
 
 



岩波書店
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